
Who I am
ホームエデュケーションを受けている16歳。現在は岡山を拠点に活動しています。アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴで生まれ、生後まもなく日本へ移りました。父がアメリカ人、母が日本人のミックスで、英語を第一言語としながら、日常会話レベルの日本語も話すことができます。
将来の目標は、プロのビデオグラファー/フォトグラファーとして活動することです。現在は短編ドキュメンタリーやSNS向けコンテンツを制作しています。商品紹介からコメディスキットまで、どんな企画でもカメラを持って向き合います。
「つくることが好き」という言葉では足りないほど、制作は自分の中心にあるものです。ただ、その情熱は突然見つけたものではありません。
幼い頃から映像や映画が大好きでした。YouTubeで多くの時間を過ごし、映画にも強く惹かれてきました。その思いは、年齢を重ねるごとにさらに深まっています。
子どもの頃にも小さな動画を作っていましたが、当時は特別なことだとは思っていませんでした。今振り返ると、それは種をまいていた時間だったのだと思います。思春期に入り、進む道を模索していたとき、兄弟と何気なく動画を作り始めました。そして誕生日に初めてのカメラを手にしました。そこから、本格的に「つくること」に向き合うようになりました。
My Story
2009年7月、アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴで生まれました。第一言語は英語で、見た目もどちらかというとアメリカ人に近いかもしれませんが、人生の大半を日本で過ごしています。
生後まもなく、母が日本人であることもあり、1歳になる前に日本へ移住しました。

はっきりと記憶に残っている最初の家は、奈良にありました。5年間暮らしましたが、やがて家族として大きな環境の変化が必要だと感じ、引っ越しを決めました。
次に移り住んだのは、九州沖にある小さな島、種子島です。3年間、賃貸住宅で暮らし、かけがえのない思い出と多くの素晴らしい出会いに恵まれました。しかし家主の都合により、再び引っ越すことになりました。アメリカにいくつかの用事も残っていたため、カリフォルニア州ジュリアンに家を購入し移住しましたが、滞在は半年ほどでした。3か月ほど生活した時点で、自分たちにはアメリカより日本のほうが合っていると気づき、残りの3か月で家を売却する準備を進めました。

その後、再び種子島へ戻り、7年間暮らしました。その間にも多くの出会いがあり、さまざまな挑戦を経験しました。特に印象深いのは、島の北部にある山を購入したことです。3年かけて取り組んだ大きなプロジェクトでした。バスで寝泊まりをし、火を起こして料理をし、夏の強い日差しの下で作業し、冬の厳しい寒さの中で震えながら過ごしました。人生の中でも、特に濃く、忘れがたい時間でした。

しかし、島での7年間、そして山での3年間を経て、いくつかの大きな要因を踏まえ、再び移住を決断しました。家を貸し出し、山を売りに出した後、最終的に岡山へ移りました(ちなみに山は現在も販売中です)。岡山での最初の一年は決して簡単ではありませんでした。日本で「現状渡し」の物件を購入するということは、本当にそのままの状態で引き渡されるということでもあります。

それでも、この選択を後悔していません。気候は穏やかで、人も温かく、自然に囲まれながら都市にもアクセスできる環境はとても魅力的です。現在の暮らしを心から楽しんでいます。